안녕하세요?
10月最後の月曜日!
何かと忙しいですが、気合いをいれて頑張ります!
さて、今回は慣用句表現です。
またまた【胸】の慣用句の続きです。
辞書やテキスト等からピックアップしたものに自分で作文しています。
不自然なものは先生の添削つき、使わないものなどは実際に使うものをあげています。
先生いわく、自分で沢山作ってこそ力がつくそうなので間違いも恐れずに作っていきたいです。
日本語にある慣用句から韓国語に訳したものは、見出しが
「日本語 → 韓国語」
その逆は
「韓国語 → 日本語」
となっています。
【慣用句】(胸にまつわる表現)
・胸に手をあてる(心静かに思案する) → 가슴에 손을 얹다,깊이 생각하다
辞書には韓国語の慣用句は2つとも同じ意味で出ていましたが、ニュアンスが異なるそうです。
가슴에 손을 얹다は悪いことをしたときにのみ使うそうです。
가슴에 손을 얹고 (한번) 생각해 봐.
(胸にてを当てて(一度)考えてみろ)
ドラマなどでよく出てきます。
깊이 생각하다は良くも悪くも使えます。
・가슴에 맺히다 → 心にわだかまりができる
これはいわゆる「ハン(한)」を表す表現だそうです。
「無念」とか「恨」といったものです。
울분(鬱憤)なども入るそうですが、それよりももっと深い感情の気がします。
なかなか「ハン(한)」を表せる表現はないのかもしれません。
韓国の歴史を表すような言葉でもありますから。(私も分かっているわけではないのでおこがましいですが)
私が広島にいたことも踏まえて、先生が「広島や長崎で被爆された人の気持ちは通じるものがあるかも」と、言われていました。
戦争に巻き込まれて、原爆によって与えられた様々な苦しみやそこから生まれる感情は、本人たちにしかわからない。
それは戦争だとか、災害だとか行き場のない大きな大きな苦しみを背負った人の持つ感情なので、本当に心から共感できることは少ないかもしれません。
私も仕事の関係で被爆された方と交流があったので、そこで初めて感じる「想い」などもあって、本当になんとなくですが理解できたように思います。
だからこそ、この慣用句のもつ深みに考えさせられました。
・가슴에 못을 박다 → 心を深く傷付ける
こちらは「傷付ける側」の慣用句です。
「傷付けられる側」は受身にして
가슴에 못을 박히다
심한 말로 가슴에 못을 박혔다.
(ひどい言葉で傷つけた)
・가슴을 에다 → 胸をえぐる
会話などでは使わない慣用句です。
歌詞や詩などには使われることもあります。
가슴을 에는 듯한 슬품 胸をえぐるような悲しみ
「胸をえぐられる」だと受身にして
가슴이(을) 에이다 → 胸が(を)えぐられる
上の表現は会話では使われませんが、実際によく使われる表現はこちらです
살은 에는 듯한~
살은 에는 듯한 추위 身を切るような寒さ
・가슴을 저미다 → 深刻で切々としていて胸をえぐるようである
こちらは上の가슴을 에다と同じような意味です。
・가슴을 쥐어뜯다 → 悔しくて胸がつまるほど憤慨する、胸をかきむしる
こちらも、あまり使わない表現だそうです。
上に出てきた가슴에 맺히다のあとに起きる感情です。
そう考えると、より分かりやすい気がします
・가슴을 짓찧다 → 心にひどい苦痛をうける
こちらもあまり使わないとか…
찧다は「(棒などで)つく」という意味があります。
짓찧다はそれをより強く何度もすることです。
想像すると苦しそうなのが分かりますね。
ちなみに찧다で教わった表現はこちら。
엉덩방아를 찧다
엉덩방아は엉덩이(おしり)のことです。
意味がわかりますか?
私は「おしりをつく?」とそのまま考えてしまいましたが、正解は「尻餅をつく」です!
「へーっ!」と感じる体験も一緒だと、余計に覚えやすいですね
さて、今回はここまで!
今日も見てくださってありがとうこざいます!
また、よろしくお願いします